転倒・骨折・介護予防のために。転倒予防について

指導後、日常生活上の留意点

平成9(1997)年12月に日本で初めて開設された東京厚生年金病院の「転倒予防教室」(以下「教室」)では、転倒回避能力の指標として健脚度(【1】10m全力歩行、【2】最大一歩幅、【3】40cm踏台昇降)及び、開眼単脚直立、つぎ足歩行等を測定・評価している。12週間(旧システムでは8週間)にわたる運動・生活指導が適正に実施されれば、これらの転倒回避能力は向上することが明らかになっている。80歳以上の高齢者においても、十分な安全対策(「無理なく楽しく」を基本とする)の下に運動が実施されれば、歩行速度やバランス能力は十分に改善・向上することが示されている。

「教室」の最大の目的は、転倒を予防し、骨折、特に要介護、寝たきりに至る可能性を有する大腿骨頸部骨折を予防することにある。「教室」前後1年間における転倒及び骨折の発生状況を比較すると、転倒の発生率はおよそ2分の1に、骨折の発生率はおよそ3分の1に低減していることが示された。

また、「教室」修了後の運動の継続状況を調査してみると、約84%の者が何らかの形で運動を継続しており、ストレッチング、バランス訓練、歩行訓練等が主な実施項目であった。一方、「教室」修了後運動を継続していない者は約16%であり、「一人だからやり方がわからない」「体調が悪いから(うつ病、乳ガン術後)」「家族の介護で時間・精神的余裕がない」等の理由であった。中には、同居家族と折り合いが悪くなり、自室に閉じこもりきりで、夏は一日中ベッド上でレトルトのおかゆのみで暮らしていたという70代後半の女性高齢者も居た(文献1)。つまり、「教室」修了後の家庭生活の状況によって、活動的な生活を長く維持できるかが左右されるという特徴がみられる。その点を十分に理解した上で、「教室」修了後の生活・運動指導を行う必要がある。

また、「教室」の運動・生活指導によって、転倒回避能力(身体機能)が向上し、転倒恐怖心が低減するという効果が見られることが多い。それ自体はきわめてよいことである。しかし、身体機能の向上の度合以上に、転倒恐怖心がなくなり、自信と希望と意欲が増大して、活動性が以前よりも拡大した場合には、それが転倒・転落の機会、場の増大をもたらすという皮肉な結果を生むこともある(図)(文献2)。子供の運動会で、急に駆り出されて走った保護者が、頭の中で十分走れると思っているが、脚力が伴わずに後半で転倒する光景とよく似ている。したがって、「教室」指導後には、身体機能の自己評価がしやすいような定期的な指導・教育の機会と場が必要である。また、一人ひとりの高齢者の生活環境と嗜好に即した「楽しいから続けられる」という運動プログラムを工夫することも重要であろう(文献3)。

「転倒防止教室」の効果におけるパラドックス

文献
1)奥泉宏康:高齢者の転倒・骨折のスポーツ・健康医学、クリニシアンvol. 52, No. 539:55-59, 2005
2)長谷川亜弓、武藤芳照他:「転倒予防教室」修了後の運動継続状況と身体機能の推移、日本リハビリテーション医学会、金沢、2005
3)武藤芳照、長谷川伸:楽しく続けて元気に過ごす-運動器と運動を大切に-、暮しの手帖18:36-47、2005年10・11月号

( 監修 / 武藤芳照:日体大総合研究所 所長、東京大学 名誉教授 )
協力:暮しの手帖社, 後援:日本骨粗鬆症学会 C yutakanahone-suishin-iinkai