転倒・骨折・介護予防のために。転倒予防について

患者さんへの伝え方、指導のコツ

某病院の整形外科外来で、若手医師が高齢女性の患者さんの診察を終わり、声をかける。「○○さん、転ばないようにネ!」。そう言われた患者さんは、「はい、わかりました。」と答えて、病院を出る。しばしば遭遇する光景だが、この会話には、実は落とし穴がある。

転びやすい歩き方医師の方は、次回の診察に来るまで転倒予防を実践して、骨折や頭部外傷など重篤な外傷をきたさないように注意して下さいという願いを込めた医学的指導のつもりである。一方、声をかけられた側の患者さんの方は、転んで大怪我すると大変だから、今度来るまで転ばないように注意して歩かなければと考えることが少なくないようだ。したがって、病院を出たその場から「転ばないように、転ばないように」、前下方を見て「すり足チョコチョコ歩き」を心がけ、結果として転びやすい歩き方につなげてしまうことが起こる。

もうひとつの事例。転倒予防の指導に当たって、「からだの動きを大きくし、とっさの時に適切な動きがとれるように」と、ストレッチングのポイントを伝え、一度、二度示範し、以後実践するように勧める。高齢者の側では、「筋肉の運動」という意識が主体を占めており、ゆっくり筋肉を伸ばすというよりも、筋肉を使うことと覚えてしまう例が少なくない。その結果、筋肉を柔らかくする運動ではなく、一定の姿勢を保ったまま筋肉を鍛える等尺性筋力増強運動(アイソメトリック・トレーニング)を「ストレッチング」と誤解して、力を入れて息を止める運動を継続する高齢者が存在することになる。従来の反動をつける柔軟運動を熱心に「ストレッチング」として行っている例も多い。

反動をつける・力を入れて息を止めるしたがって、高齢者の転倒予防教室、転倒予防事業に当たっての、特に運動のしかたに関する言葉の伝え方については、大事なポイントを2つか3つにしぼり、それを繰り返し伝えることが大切である。運動指導の場面では、指導者が示範してポイントを言葉で伝え、高齢者に実際に行ってもらうことが必要である。その場合、正しい方法を示すと共に、よくあるまちがった方法も具体的に示すと、より理解しやすい。

また、「どうしてできないの」「ダメ」「覚えが悪い!」などといった否定的で、高齢者が自信と意欲を失くすような言葉かけではなく、「もう少しですね」「先程よりよくなりました」「うまくできましたネ」などの、肯定的、支持的な指導が大切である。「やってみせ、言って聞かせて、させてみて、ほめてやらねば人は動かじ。」(山本五十六)は、物事の指導に共通した極意だろう。


文献
1)武藤芳照:転倒、骨折予防のための運動習慣、(財)骨粗鬆症財団、2001
2)武藤芳照、上岡洋晴、小松泰喜、高橋美絵:暮らしの中の転倒予防プログラム、日本チャリティー協会発刊、ユウエンタープライズ、名古屋、2004

( 監修 / 武藤芳照:日体大総合研究所 所長、東京大学 名誉教授 )
協力:暮しの手帖社, 後援:日本骨粗鬆症学会 C yutakanahone-suishin-iinkai