転倒・骨折・介護予防のために。転倒予防について

転倒は結果であり、原因でもある

転倒に関してしばしば耳にするのは、「高齢のAさんは、転倒して大ケガをしてから具合が悪くなり、寝たきりになった」というものである。このように、転倒が深刻な事態を招いた直接的な原因であるかのように語られるが、「転倒するほど、身体の状態が悪くなっていた」「身体の状態が悪くなった結果、転倒する」ととらえるのが妥当であろう。

例えば、かつては7時間の演説を立ったまま堂々とこなしていたとされるキューバのカストロ議長の事例がある。美術学校の卒業式での演説後、演壇から降りる際に前方に転倒して、左ひざと右腕の骨折をきたした。当時78歳であった。その転倒事故の模様が世界中に映像として流された。どんなに若く体力にあふれ元気だった人も、加齢変化と運動不足、疾病などの要因が重なれば、ほんのちょっとしたことで転倒して大ケガをすることが、期せずして示された。

一般的に、転倒をきたす内的要因としては、加齢、そして日ごろの運動不足に伴う身体機能の低下、身体的・精神的疾病の合併(高脂血症、高血圧症、糖尿病等・抑うつ、認知症)、薬剤の服用(「転倒」が副作用として明示されている薬物や、ベンゾシアゼピン系睡眠薬等の服用あるいは服用薬剤数の多さ)があげられ、「易転倒性」転びやすい人を形成する。外的要因としては、屋外の道路・建物構造、屋内の障害物、段差、足に合わない履物等があげられる。これらの内的・外的要因が、種々な割合で一瞬に複合してヒトの転倒が発生する。

その転倒に基礎疾患としての骨粗鬆症が加われば、骨折が生じる。もちろん骨粗鬆症がなくとも、衝撃が強大であれば骨折が起こる。前方に転倒しかけて手をついた場合には、橈骨下端骨折が、手も出せないで肩を強打すれば上腕骨頚部骨折が起きることが多い。後方に転倒すれば、胸・腰圧迫骨折が起きやすく、側方に転倒して、大転子部を強打すれば大腿骨頚部骨折をきたす結果を生む。

大腿骨頸部骨折の治療・リハビリテーションがうまくいけば、無事もとの生活に復帰するが、条件が悪ければ寝たきり・要介護状態になる例も少なくない。手術後1年の生存率は、55歳では100%だが、年齢が長ずるにつれ低下し、95〜100歳では60〜70%のレベルとなり(昭和大学阪本桂造教授らの調査結果)、「転倒は死の前触れ」といわれる事態のあることも確かである。

また、転倒や骨折により「転倒が怖い」「今度骨折したら、また家族に迷惑をかける」などの心理から、閉じこもり、廃用症候群をきたす高齢者もいる。さらに、その状態から寝たきり・要介護状態に至る例さえある。

転倒と骨折の因果関係を吟味・考求すればする程、転倒という事象の広さと深さを改めて知らされる。高齢者の転倒・骨折は、厳密な医学的分析とそれに即した対応をしても、おそらく0に近づけることは困難であろう。しかし、そうした営みの積み重ねと高齢者の心理・生活実感を大切にした具体的対策を一層拡大することより、せめて1/2、あるいは1/3に低減できると確信している。

その目標を達成するためにも「転倒のとらえ方」は重要なポイントになると考えられる。

要因図

文献 1〉武藤芳照、太田美穂、長谷川亜弓、山田有希子、杉山明希:総説・転倒予防、臨床整形外科、40(5):537-548,2005
( 監修 / 武藤芳照:日体大総合研究所 所長、東京大学 名誉教授 )
協力:暮しの手帖社, 後援:日本骨粗鬆症学会 C yutakanahone-suishin-iinkai